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金沢地方裁判所 昭和37年(タ)18号 判決

原告(反訴被告) 本木きみ枝

被告(反訴原告) 本木増夫

被告 皆川なみ(いずれも仮名)

主文

一、原告(反訴被告、以下単に原告と称する。)の請求により、原告と被告本木増夫(反訴原告、以下単に被告増夫と称する。)とを離婚する。

二、被告両名は、各自原告に対し三〇〇、〇〇〇円を支払え。

三、原告のその余の請求及び被告増夫の反訴請求を棄却する。

四、訴訟費用は反訴についてのみ生じた分は、被告増夫の負担とし、その余はこれを五分し、その二を原告、その三を被告らの連帯負担とする。

五、第二項にかぎり、仮にこれを執行することができる。

事実

第一、当事者双方の請求並びに答弁の趣旨

一、原告

本訴請求の趣旨として「(一)原告と被告増夫とを離婚する。(二)被告らは各自原告に対し五〇〇、〇〇〇円を支払え。(三)訴訟費用は被告らの連帯負担とする。」との判決並びに右第二項について仮執行の宣言を、反訴について「被告増夫の請求を棄却する。訴訟費用は被告増夫の負担とする。」との判決を求めた。

二、被告ら

被告らは本訴について「原告の請求を棄却する。訴訟費用は原告の負担とする。」との判決を、被告増夫は反訴請求の趣旨として「被告増夫と原告とを離婚する。訴訟費用は原告の負担とする。」との判決を求めた。

第二、原告の本訴および反訴についての事実上の主張

一、原告と被告増夫は婚姻をし、昭和四年三月一三日婚姻届を了し、同年六月一日長女加津子、同七年七月一八日次女時枝が両人の間に出生した。

二、原、被告は、結婚以来昭和一六年頃までは円満な家庭生活を続けて来たが、その頃警察官をしていた被告増夫は被告皆川なみ(以下単に被告なみと称する。)が経営する飲食店へ出入りするうち、被告なみの積極的な誘惑に乗り、同被告と不倫な関係におちいり、そのため原告や当時既に小学校へ通学していた前記二人の子供を放置し、連日のように被告なみの許に通つた。そこで原告は被告増夫に対し、再三被告なみとの関係を絶ち、家庭に復帰してくれるように懇請したが、被告増夫はこれを聞き入れようとしないばかりか、昭和一七年二月一七日頃原告ら妻子を残して、被告なみと共に岐阜方面へ行き同棲するに至つた。右不行跡のため被告増夫は警察官の職を免ぜられたので原告は未だ幼い子供二人を抱え忽ち収入の途を失い、筆舌に尽し難い苦労をした。その後被告増夫は、原告の懇請と訴外山本申一郎の説得により一時原告の許に復帰したが昭和二二年三月頃より再び被告なみと同棲を始め、爾来現在に至るまで別居状態が続いているのである。その間被告両名間には、昭和一七年五月二三日豊次、同二二年一〇月三日国次が出生しているのである。

三、以上に述べた被告増夫の行為は、夫婦の守るべき基本的義務である同居協力扶助義務を尽くさず、悪意をもつて原告を遺棄したものであり、且つ夫婦間の貞操義務に違反しているのであり、他方被告なみは、被告増夫に妻子があることを知りながら、同人を積極的に誘惑し、原告の再三の懇願を顧みず、被告増夫を原告の許へ復帰させようとせず、同棲を続けているのであるから故意に被告増夫が原告に対し負つている貞操義務の違反に加担したものというべきである。

四、よつて原告は被告増夫との離婚を求めるとともに、被告らに対し、右被告らの共同不法行為によつて離婚のやむなきに至つたことにより、原告が蒙つた多大の精神上の苦痛に対する慰藉料として連帯して金員の支払を求める。

五、右慰藉料の額については原告は被告増夫に遺棄され、経済的に困窮した生活の中で子供二人を養育したが、子供二人はそれぞれ他家へ嫁入りし、現在格別の資産もなく孤独の身である。これに対し、被告増夫はサラリーマンとして月収を得ており、殊に最近〇〇市〇〇町八二四番地に宅地四四坪を購入し、家屋を新築しようとして居り、他方被告なみは昭和二九年頃同市〇町で金融業をしていたこともあるほど相当の資産を有している。これらの事情に徴すると、被告両名の原告に対する慰藉料の額は五〇〇、〇〇〇円をもつて相当とする。

第三、被告らの本訴及び被告増夫の反訴についての事実上の主張

一、原告主張事実中、一の事実は認める。二の事実中、昭和二二年四月頃から原告と被告増夫と別居状態となつていること、別居後被告両名が同棲していること、被告両名間に豊次、国次が出生したことは認めるが、その余の事実は否認する。

かえつて以下に述べるように原、被告間の婚姻関係が破綻し、現状のように別居するに至つたのは、被告増夫の側にだけその責任があるのではなくて、原告にもその責任があるから、被告増夫から原告に対して離婚を請求する理由がある。即ち原告と被告増夫とは根本的に性格が合わないのである。原告の性格は頑固そのもので妥協性に乏しく、被告増夫に対する理解や温い思いやりなどは全くなく結婚以来夫婦の間柄は冷いものであつた。金銭的な面でも、原告は被告増夫に少しの余裕も与えず、小遣すら出し惜しみ、その額もたかだか、風呂賃や理髪代程度であつた。このような原告の潤いの欠けた態度に接し、被告増夫は心淋しく感じ、何とか家庭を温く楽しいものにしようと意見を述べたこともあつたが、原告は全く耳をかそうとしなかつた。しかし被告増夫は子供の事も考え、努めて原告と融和するように心掛け、給料もそのまま原告に渡し、隠忍の生活を送つていたのである。ところが被告増夫は右のような充たされない愛情の空虚感にたえ切れず、被告なみと道ならぬ関係を結ぶに至つたのである。しかし、原告の冷い態度は一向に改まらなかつたので、遂に被告増夫は昭和二二年四月頃家財道具一切を置いて家を出たのである。そして右家出の直接の動機といえば当時被告増夫の叔父が死亡したので葬儀に列しようとしたところ、原告はこれに反対し、香奠の金はおろか旅費も渡そうとしなかつたので、やむなく被告増夫は知人から借金して葬儀に参列したということがあつてこの原告の冷い無理解な態度に接したことなのである。

以上の通りであるから、原告の本訴請求は失当であるばかりでなく、最早原告と被告増夫との間は夫婦として正常な婚姻関係を継続することは期待出来ないから、「いわゆる民法第七七〇条第一項第五号にいわゆる婚姻を継続し難い重大な事由」があるといわねばならない。よつて被告増夫は、原告との離婚を求める。

二、原告は被告なみに対し慰藉料の請求をしているが前記の通り被告増夫が原告に愛情を抱くことが出来ず、被告なみと同棲するに至つたのは原告と被告増夫との結婚生活の不調和にその大半の原因があること、昭和二二年頃被告両名が同棲して以来一〇数年の間原告から被告なみに対し、被告増夫を戻してくれという話は一度もなく、原告と被告増夫とは、単に戸籍上の夫婦であるというにとどまり事実上は離婚していたと同一の没交渉の状態が続いていたこと、その間被告なみは、長い間病気で働くことも出来ない被告増夫を看病しながら、二児を養うため行商を続け漸く糊口の資を得ていること、右のような事情に照らし被告なみは原告に対し慰藉料の支払い義務を負うものではない。

第四、証拠〈省略〉

理由

一、原告の被告なみに対する本訴提起の適法性について。

人事訴訟手続法第七条第二項本文によれば婚姻事件と他の訴とは原則としてこれが併合を許されていないが同項但書により「訴の原因たる事実によつて生じた損害賠償の請求」の訴を右婚姻事件に併合することは許されているのである。而してかかる離婚等の人事訴訟と通常訴訟との併合提起が制限されているのは若し無制限にこれを許すときは離婚等の人事訴訟と通常訴訟とが互に性質、手続を異にする関係上審理の錯雑、遅延を来す虞がある為に過ぎないのであるからこの点から考えるとたとえ離婚の当事者以外の者に対する損害賠償(慰藉料)請求訴訟を離婚訴訟に併合提起した場合であつても、本件のように原告が被告増夫に対し不貞行為等を原因として離婚の請求をなし、これと併せて相姦者である被告なみに対し、被告増夫の貞操義務違反に加担したものとして、これによつて原告が蒙つた精神的苦痛につき慰藉料の請求を為すことはこれが為特に審理の錯雑遅延を来す虞はないから許されるものと解するのが相当である。

二、事実関係

その方式及び趣旨により真正な公文書と認められる甲第一号証、証人本木太市、同藤森加津子、同河本時枝、原告、被告両名本人尋問の各結果(ただし、被告両名本人尋問の各結果中、後記信用しない部分を除く。)を総合すれば次の事実が認められる。原告と被告増夫は、昭和三年六月頃事実上の婚姻をなし、翌昭和四年三月一三日婚姻届を了した。被告増夫は警察官となり、石川県内の各警察署に勤務し、昭和一六年頃には巡査部長に昇進し、その間昭和四年六月一日に長女加津子、同七年七月一八日次女時枝が出生し、結婚以来一応平穏な夫婦生活を送つていた。ところが昭和一六年頃被告増夫は〇〇市内で被告なみが経営する飲食店へ出入りする中、同被告と不倫な関係を結ぶに至り、足繁く同店へ通うようになつた。当時被告なみは被告増夫に原告という妻のいることは知つていた。原告は被告増夫に対し、被告なみとの関係を絶つて家庭に復帰してくれるように懇請したが、被告増夫はこれを聞きいれようとしなかつた。かくするうち被告なみは被告増夫の子を身ごもるに至り、昭和一七年二月頃被告両名は相謀つて、岐阜方面へ行き、同棲するに至つた。被告増夫は右事件で警察官の職を免ぜられたので、原告は当時小学生であつた女児二人を抱え忽ち収入の途を失い、悲嘆にくれていたところ、訴外山本申一郎の世話で岐阜にいた被告両名を探し尋ねることができたので、そこで被告なみが妊娠している子供が出生した場合、被告増夫がその子を引き取ることを条件に被告なみの許から被告増夫を連れ戻した。ところが、別れてみたものの子供を身ごもり、生活に困つて被告なみが、原告方を訪れ、その苦境を訴えるので、その扱いに困り、原告と被告増夫らは昭和一七年三月末頃大阪へ行き、被告増夫は靴屋に勤めていたところ、同年五月二三日被告なみが子供を生んだことを知り、金沢へ帰つてしまつたので、原告らも同年七月頃金沢へ帰つた。その後原告と被告増夫は〇〇市〇〇町に居住し、被告増夫は村井製作所に勤務していたが昭和一九年五月頃第一回の召集をうけ、続いて同二〇年三月頃第二回の召集をうけ、翌昭和二一年三月頃復員し、元の勤務先に勤務した。ところが昭和二二年初頃被告増夫は再び被告なみの許を訪れ、同女との関係が復活するに至り、同年三月頃再び被告らは同棲するに至り、爾来被告増夫は原告に対し全く音信も送金も絶つた。被告両名間には昭和二二年一〇月三日第二子の国次が出生した。昭和三五年頃被告増夫は、被告なみとの間に生れた右国次の戸籍問題を解決することを主目的として金沢家庭裁判所に離婚の調停を申立てたが、慰藉料の額で折合いがつかず、同三六年中頃調停不成立となつた。

原告は生活上の苦労を重ねながら女児二人を成長させ、それぞれ結婚させ、現在二女の家に同居し、工員として日給四八〇円を貰つて生活している。他方被告らはその間に生れた長男豊次を専問学校卒業後就職させ、二男国次を高校へ入学させている。そして被告増夫は現在工員として月収約一五、〇〇〇円程得ており、被告なみは行商で月収約一〇、〇〇〇円ほどの収入をあげているのである。被告両名本人尋問の各結果中、右認定に反する部分は前掲各証拠と対比して信用できず、他に右認定を左右するに足る証拠はない。

三、原告の離婚請求及び被告増夫の反訴請求について。

前示認定した被告増夫の行為は原告に対し、長期間正当な理由なくして同居または協力扶助の義務に違反しているので、民法第七七〇条第一項第二号にいわゆる「悪意の遺棄」に該当し、且つ同項第一号にいわゆる「不貞行為」にほかならない。

よつて民法第七七〇条第一項第一、二号により原告と被告増夫とを離婚する。

他方被告増夫が反訴で主張する同項第五号の離婚原因について考える。

およそ民法第七七〇条第一項第五号にいわゆる「その他婚姻を継続し難い重大な事由があるとき」とはその第一号ないし第四号においてその理由を例示するとおり、社会観念からみて離婚を求めている当事者にその婚姻生活の継続をこれ以上強制することができない程婚姻関係が破壊せられた場合を指すのであつて、必ずしも離婚を求められる配偶者の有責行為によるものであることを要しないと解されるところ(昭和二七年二月一九日、同二九年一二月一四日第三小法廷判決参照)、前示認定事実その他前掲各証拠から認められる諸般の事情を総合考慮すると、今や原告と被告増夫との間には夫婦としての相互の愛情も信頼もなく、両者間に正常な婚姻関係を継続することは絶望的な状況にあると認められ、従つて一応いわゆる「婚姻を継続し難い重大な事由」の存在することは、これを否定し難いところである。しかしいわゆる「婚姻を継続し難い重大な事由」の意義を前記説示のごとく解すべきものであるとしても、婚姻における倫理的な責任に基づく信義誠実の原則に照らし婚姻関係の破綻が主として離婚を求める側の配偶者の一方の責に帰すべき事由に基く場合、その有責者が自らその破綻を理由として離婚の請求をなすことは許されないと解するのが相当である(昭和二七年二月一九日第三小法廷判決、同二九年一一月五日第二小法廷判決、同年一二月一四日第三小法廷判決参照)。右観点に立つて本件を考察する。前示本件婚姻が破綻するに至つた経緯にこれを認めた前掲各証拠を総合すると、原告の被告増夫に対する処遇に妻として反省すべき点のあつたことも否定し難いが、本件婚姻が破綻するに至つた最大の原因は何といつても被告増夫の被告なみとの不貞行為にあることは、これを争う余地がないのである。してみると被告増夫から原告に対し、離婚を請求することは許されず、本件反訴請求は理由がない。

四、原告の被告らに対する慰藉料請求について。

前記認定の事実関係に明らかなとおり、原告は被告増夫の責に帰すべき事由によつて離婚のやむなき悲境におかれたものといわなければならない。そして原告がこれがため甚大な精神的苦痛を蒙つたことは原告本人尋問の結果によつて明白であるから、被告増夫は原告の苦痛を慰藉すべき義務がある。他方また被告なみも、被告増夫に原告という妻のいることを熟知して不倫な関係を結び、あまつさえ同棲までして原告をして離婚のやむなきに至らしめたものであるから、被告なみは故意に被告増夫が原告に対し負つている貞操義務の違反に加担したものというべく、且つこれによつて原告が多大の精神的苦痛を蒙つたことも、原告本人尋問の結果によつて明かであるから、被告なみは共同の不法行為者である被告増夫と共に慰藉料を支払うべき義務がある(大判昭和二年五月一七日判決参照)。被告なみは、被告増夫が原告と離反し、被告なみと同棲するようになつたのは、根本的には被告増夫と原告との性格の不一致に抑々の原因があるから、被告なみには右損害賠償義務がないなど縷々主張し、本件に表れた全資料と弁論の全趣旨を併せ考えると、原告と被告増夫とは性格的に不一致の点があつたことはこれを窺知するに難くないが、それが本件婚姻破綻の主たる動因とは到底認めることは出来ず、畢竟右破綻は被告両名の共同の不法行為(姦通)によることが明らかであるから、前記被告なみの主張は到底排斥を免れない。

次に前記慰藉料の額は前叙事実関係その他諸般の事情を合せ考慮すると、三〇〇、〇〇〇円をもつて相当と認められる。従つて被告らは原告に対し連帯して右金員の支払をなすべき義務がある。

五、結論

よつて原告の被告増夫に対する離婚請求はこれを認容し、被告らに対する慰藉料の請求は三〇〇、〇〇〇円の限度においてこれを認容し、その余の請求及び被告増夫の反訴請求はこれを棄却すべきものとし、訴訟費用の負担については民事訴訟法第八九条、第九二条、第九三条、第九五条、仮執行の宣言につき同法第一九六条を各適用して主文のとおり判決する。

(裁判官 木村幸男)

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